その夢を叶えたい

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zoom RSS 昭和の名レスラー、ラッシャー木村

<<   作成日時 : 2010/05/26 22:23   >>

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ラッシャー木村さんが亡くなった。
以前、東京ドームのビデオレターで引退を宣言してから
全く表舞台に出ることがなかったラッシャー木村さん。
当時の映像でもかなりやせてしまっていた記憶がある。
闘病生活を重ねていた事であろう。

私が初めてラッシャー木村を見たのは、
新日本プロレスでアントニオ猪木と抗争を繰り返している頃。
猪木との抗争は様々な試合形式におよんでいた。

立場的にはヒールのラッシャー木村。
しかし、ヒールになりきれない何処となく優しさのただようレスラーであった。

ファイトスタイルも『ラッシングファイター』、『ラッシングパワー』などの異名をとるような
パワーファイターであった。
しかし私たちの目には、
それほどのパワーも感じられず
何処となくぎこちない動きのファイトスタイルだったように感じる。

そんなアンバランスが受けたのか、
私たちの周りではラッシャー木村はかなりの人気レスラーとなっていた。
もしかすると、身体から染み出る人の良さに惹かれていたのかもしれない。

新日本プロレスでアントニオ猪木のライバルとして戦っていた
ラッシャー木村が私の中では一番の大きな記憶として残っている。

その後、たくさんの団体をわたり
そして有名なマイクパフォーマンスを作り出す。
もしかすると、ラッシャー木村にとって
当時が一番本来の自分を出す事ができた時期だったのかもしれない。

金網の鬼として国際プロレスのエースとして活躍。
猪木や馬場を倒そうと懸命に頑張った。
楽しいプロレスをめざして新しいファイトスタイルを作り上げた。
どれもラッシャー木村である。

彼も間違いなく
昭和の名レスラーの一人である。

こうやって、
名レスラーが少しずつこの世を去っていく事実。
本当に寂しい限りである。
でもそんな名レスラーの姿は
私たちファンの心の中に永遠に行き続けてゆくのだろう。

私たちにたくさんの夢を与えてくれた
ラッシャー木村さん。
ご冥福をお祈りいたします。

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